令和の御代へ繋げるこころ @豊橋市戦没者追悼式

ほのかに汗ばむ陽気のなか、今年も追悼式へ参りました。伯父の遺族としての参席です。

長らく満州独立守備歩兵隊の職業軍人。昭和19年に転進、択捉島でソ連軍と交戦中に散華。享年27歳でした。

ぽつりぽつりと手すりを頼りに階段を昇るお爺ちゃん、お婆ちゃん。先の大戦より74年、会場に見える方の大半はご高齢です。

昭和16年の閣議により大東亜戦争と名付けられた先の大戦は、軍人軍属が230万人、民間人が80万人の計310万人の方々が戦火に散りました。

この豊橋市の戦没者は5,552人です。開戦当時の市の人口は14万人前後。異動を考慮せず単純計算すると、25人に1人の方が亡くなったことになります。祖父母や親戚、私たちの多くは誰かしらの遺族なのでしょう。

戦没者のうち約112万人の方のご遺骨は、いまだ祖国へ戻ることが出来ていません。海に沈む30万柱。北朝鮮など相手国の事情により収容できない23万柱。収容可能だけれども未だ戦地に眠る59万柱。厚労省やNPO等の有志により、今なお収容が進められています。

今の何気ない普段の暮らしの礎に、この310万人の尊い犠牲があります。そして焼け野原の中を必死で生き抜き、命を私たちへ繋いでくださった父母、祖父母がいます。今を生きる我々には、このことを未来へ繋げ行く責務がありましょう。

衷心より哀悼の誠を捧げるとともに、今があることへ、心より感謝申し上げます。

このありがとうを、未来へ。

シェア歓迎です♪(^▽^*)

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